私とエレンとペンタサと。

これは不良患者の徒然日記ナリ。 真似して病状が悪化しても責任は負えないナリ。リアルに学生していますがな。

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確か。

 確かこの日だったと思う。



 入院していた頃、2月7日は病院内で転科する日だった。腹腔鏡の手術をするということで内科から外科へ。多い荷物を2月5日頃から地道に片付けて7日の日に備えてたの。うん。そうそう。
 初めの予定では、お昼近くに転科する予定だったのに外科のベッドにいる患者さんがマダ退院しないからもう少し待って、そういう理由でおかんとずーっと待ってたの。荷物をしまってしまったもんだから、暇潰しの道具がないからナースステーションの近くまでウロウロして中をのぞいてみたり、下へ行ったり上へ行ったりと落ち着かない感じで過ごしてた。
 でも、なかなか看護師から転科の連絡が来ない。「本当に今日が転科だったのかや?」とおかんと話していたくらい。で、日が暮れて夕方16時を過ぎても音沙汰ナシで。さすがに焦る。「本当は転科ナシですよ、とか言われたらショックなんだけど。。。」と心の中で思っていたら17時。17時を少し過ぎた頃に主治医と看護師が慌しく病室内に入ってきた。背広を着た知らないオジさんも一緒に主治医といて。「あ、さっきナースステーションの中にこのオジサンいたな。誰かのレントゲンとかカルテ見てたな」って思い出した。
 「大変申し訳ないんですが、今日は転科しません。転科しないで転院することになりました。この人は大学病院の助教授で私の先生です。クローン病はオペした後の術後の管理も大変なので、クローン病専門の外科にオペをしてもらった方がイイのではないかとこちらの外科の者と話してまして・・・云々」主治医の言う言葉は右の耳から入って脳みそを何となく通過して左耳へ出て行く感じで。あぁ、あの時見ていたカルテとレントゲンの写真は自分のだったんだ、そう思った瞬間「初めから大学病院へ転院する予定なら転科とか言うなっっっ」と頭の中で何かが弾けたね。っていうか私の一日を返せ、そんな心境。
 そんなワケで主治医と大学病院でお世話になる先生が帰った後は思いっきり泣いたなぁ。入院が長引いたショックと転院ならそうと早く教えてくれればよかったのにギリギリまで転院させるかどうかを悩んでいた主治医に対して腹が立って、悔しくて。思いっきり泣いた後に職場にも転科ではなくて転院の旨を連絡しなくちゃいけないので、連絡したら「マタ長引くね」と言われて更にショックを受けて電話を切った後に再び号泣。入院したくて入院してんじゃねぇ(`Λ´)
 この日は本当に脱走したいと思った。点滴スタンド(愛称ガラガラ)を引いてでも、IVHを引っこ抜いてでも家に帰りたいと思った。ご飯なんて食べられなくてもイイ、また吐血したってイイ、兎にも角にも仕事をさせてくれ、そう思った。
 今思うと、「自分泣きすぎじゃん・・・」って思う(笑)でもさぁ、不思議と入院すると情緒不安定になってたんだよね。涙もろくなったりしてスグ泣きそうになったり。
 20代の乙女には耐え難い試練だったワw←嘘。
 ま、そんなワケで大学病院のベッドが空くまではそこの病院で過ごすことになり、せっかく詰めた荷物を解いて出す時の切なさと言ったら・・・(泣)えぇ、荷物を出しながら泣きました(爆)
 今はその大学病院でお世話になっているので、入院となっても転科はあっても転院はマズない。あんな思いはもうゴチソウサマ。
 今日はその『転科騒動記念日』でチョット危険な『プリングルスカーニバル~お一人様編~』を開催。もちろんプリングルスを食しました。若干、腹が張っている感じはあるケド問題なし。
 いやぁ、今月は記念日が多くて祝うのが大変だわぁ(´‐`)

―おわり―
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  1. 2006/02/07(火) 20:14:46|
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  4. コメント:5

鼻から? | ホーム | 師長。

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  1. 2006/02/07(火) 22:55:21 |
  2. |
  3. # |
  4. 編集

ボクが3分粥から5分粥に増えた時、tsukoさんは転科予定だったんですね。。。

ボクもこの病気になってからよく泣きましたよ。
まず、医者から病気の宣告をされて意味を把握するのに1日以上かかってん。
そんで、何となく「一生治らない」「きつい食事制限がつきまとう」っていうことがわかってきたら、ひたすら将来が怖くなって涙が止まらんかった。
一晩中京都の一人暮らししてたワンルームマンションで泣いた。
明け方頃泣き疲れて、お腹が空いたので、近所のなか卯に牛丼ぶりを食べに行った(笑)

そんで入院中もあまり良くならないし、プレドニンの副作用はたくさんでるし、周りのみんなは卒業旅行でうかれてるし、よく泣いたね。
退院してからも、2004年はずっと体調悪くて寝たきり状態だったから、よく泣いてた。
2005年は鬱だった。。。
今は心身共に元気\(o^∀^o)/

この病気を肯定しようなんて気持ちはさらさら無いし、今もこの病気が憎くてたまらないけど、この病気にかかったからこそ、自分の人生観みたいなものが見えてきたのは事実。

それにしても、ボクもよく泣いたよ。ここ2年チョイの間に。それまでの人生あまり涙を流さなかったからね。せいぜいケンカに負けた時の悔し涙ぐらいやったもんね。
ホント泣くような思いはもうゴチソウサマ。 
人(゚O゚。)

プリングルスカーニバルキタ━━゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚━━ ッ ! ! !
マツリダ∩(゚∀゚∩) ワッショイ!
ワッショイ!∩(゚∀゚∩)∩(゚∀゚∩)ワッショイ!
マツリダ (∩゚∀゚)∩ワッショイ!
ワッショイ!∩(゚∀゚∩)∩(゚∀゚∩)∩(゚∀゚∩)ワッショイ!

来年は『プリングルスカーニバル~バカップル編~』を期待したいですな。
  1. 2006/02/08(水) 02:57:00 |
  2. URL |
  3. たけし #- |
  4. 編集

>たけしさん
たけしさんも泣きましたか(´_`。)

病気を宣告されて、「食事制限」とか「治らない」でやっぱり悩みますよね。
「将来は暗黒じゃねぇか!」と思ったことが多々ありました。。。

でも、今のたけしさんは元気そうでナニヨリ!
鬱も酷くなってないみたいだし、クローンの症状も出てないみたいだし(^^)
クローン泣きべそ症候群とはおさらばしたいですねw

>この病気にかかったからこそ、自分の人生観みたいなものが見えてきたのは事実。
大人な発言ですね。カッコイイ。
この病気になってからは見えてくるものが増えてきた感じはしますね。
これからもクローンを通じてイロイロなことが見えてきて、精神的にたくましくなっていくんでしょうなぁ。

来年は『プリングルスカーニバル~バカップル編~』が開催できるよう、パートナー探しの旅に出ようと思ひますww
  1. 2006/02/08(水) 10:51:18 |
  2. URL |
  3. tsuko #- |
  4. 編集

そっか。いろいろ、大変だったんですね。
いろんなコトがあるんだなぁ。
そうそう、涙が出ますよ!ワンサカ。こんもりと。
今日はtsukoさんのブログ読んで、泣きましたよ。
クローン患者は、入院するまで、辛く長い戦いをしてきてるんだよね。それが、入院すると、終わるんじゃなくて、もっと、いろんな戦いが待っててさ。
tsukoさんは、明るいから、きっと周りは、泣いてるtsukoさんを知らないかもしれないけど、流した涙はオイラがふくぜ~♪カモーンッ!
プリングルスは何味だったの?(笑)
  1. 2006/02/08(水) 22:39:12 |
  2. URL |
  3. oyukkie #- |
  4. 編集

>oyukkieさん
oyukkieさんもワンサカ、こんもりと涙が出ましたか。
oyukkieさんはオライに比べればもっと大変な思いをされているので、自分の涙なんて大したことナイ涙です(;´Д`)
oyukkieさんの涙はオライが拭いますよ!
そして、共にこれからの様々なクローンの闘いを乗り越えましょう!!

プリングルスはオニオンサワー味(緑のパッケージ)でしたw
美味しかったです(^^)
  1. 2006/02/09(木) 17:08:37 |
  2. URL |
  3. tsuko #- |
  4. 編集

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